諜報の世界面白い
『VIVANT』見たことありますか?
会社員、公安、別班、テロ組織、家族、国家。
いろいろな要素が絡み合い、物語がどんどん大きくなっていく。
スケールも大きいし、展開も読めない。
普通にドラマとしてかなり楽しめる作品でした。
2026年7月からシーズン2が始まるので、今から楽しみです。
ただ、自分が見ながら特に気になったのは、物語そのものだけではありません。
日本に、本当にこんな諜報部隊はあるのだろうか。
思わず気になってしまいました。
もちろん、『VIVANT』はフィクションです。
ドラマの設定をそのまま現実として受け取るわけにはいきません。
それでも、気になります。
- 別班って本当にあるのか
- 仮にあるなら、なぜ公表されないのか
- そもそも諜報機関とは、どこまで表に出るものなのか
- 日本は諜報とどう向き合ってきたのか
考えるだけで、ちょっとワクワクします。
この記事では、『VIVANT』を入口に、諜報という世界を少しだけ覗いてみたいと思います。
『VIVANT』が描いた「別班」という存在
『VIVANT』で強烈だったのは、やはり「別班」という存在です。
ドラマの中では、別班は自衛隊直轄の非公認組織として描かれます。
表向きは普通の会社員として暮らしている人物が、実は国家のために動く諜報員だった。
この設定だけで、もう面白いです。
- 普段は見えていないところで、国家を守るために動いている人たちがいる
- 表の顔と裏の顔がある
- 平凡に見える人物が、実はまったく違う顔を持っている
こういう話は、やはり惹かれます。
ただし、これはドラマです。
『VIVANT』の別班は、物語上の魅力的な設定です。
一方で、現実の「別班」については、公的に認められた存在ではありません。
そのため、「本当にある」と断定することはできません。
ですが、だからこそ面白いとも思うのです。
- 本当にあるのか
- ないのか
- もしあるなら、なぜ表に出ないのか
- そもそも、諜報の世界はどこまで公表されるものなのか
このあたりの曖昧さが、『VIVANT』の面白さをさらに広げている気がします。
「存在しない」と「語られない」の間にあるもの
別班が実在するかどうかは、断定できません。
ただ、諜報の世界では、存在や活動内容が長く表に出ないことがあります。
他国でも、情報機関の存在や役割が、後になって法的に明確になった例があります。
また、あまりにも秘密性が高かったため、存在そのものが冗談めかして語られてきた組織もあります。
だからといって、「日本にも別班があるはずだ」と言いたいわけではありません。
そこは分けるべきだと思います。
ただ、諜報という領域では、
- 存在しない
- 語られない
- 公的には認められていない
- 後から制度的に位置づけられる
といったものの間に、独特のグレーゾーンがあるのだと思います。
だからこそ面白いのです。
『VIVANT』は、その想像力を刺激してくれる作品でした。
そもそも諜報とは何か
では、そもそも諜報とは何なのでしょうか?
スパイ映画やドラマを見ると、諜報と聞いて思い浮かぶのは、潜入、変装、暗号、裏切り、秘密任務のようなものかもしれません。
もちろん、そうしたイメージはわかりやすいです。
ですが、諜報はただスパイが敵地に潜入することだけではありません。
- 情報を集める
- 情報を分析する
- 相手の意図を読む
- これから起こりそうなことを予測する
- 国家や組織の判断に活かす
そうした営み全体が、広い意味でのインテリジェンスなのだと思います。
国家は、見えている情報だけで判断できるわけではありません。
- 相手国は何を考えているのか
- テロ組織はどこで動いているのか
- どの技術が狙われているのか
- どの国がどんな外交交渉を進めているのか
- サイバー攻撃の背後には誰がいるのか
こうした情報は、表のニュースだけでは見えてこないことがあります。
そのため、国家は情報を集め、分析し、判断をしていきます。
諜報とは、派手なスパイアクションだけではなく、不確実な世界を読むための仕組みなのだと思います。
言い換えるなら、諜報は国家の「見えない目」なのかもしれません。
諜報は、昔からあった
諜報は、現代だけのものではありません。
戦争や外交において、相手の情報を知ることは昔から重要でした。
- 敵はどこにいるのか
- どれくらいの兵力を持っているのか
- 誰が裏切りそうなのか
- 相手は何を考えているのか
- どの国と手を組もうとしているのか
こうした情報は、戦いの勝敗や国家の運命に関わります。
だからこそ、古くから密偵や情報収集は存在してきました。
- 力だけでは勝てない
- 数だけでは勝てない
- 情報を持っている側が、相手より一歩先に動ける
これは、現代でも変わらないのだと思います。
軍事だけではありません。
外交でも、経済でも、技術でも、情報は力になります。
- どの情報を持っているか
- どの情報を信じるか
- どの情報を相手に見せるか
- どの情報を隠すか
そこには、見えない戦いがあります。
日本にも実在した「秘密戦」の学校、陸軍中野学校
日本に、諜報の歴史がなかったわけではありません。
戦前・戦中には、陸軍中野学校という実在の機関がありました。
ただし、陸軍中野学校は「諜報部隊そのもの」というより、諜報・防諜・謀略・宣伝など、いわゆる秘密戦に関わる人材を育てる学校でした。
表の戦場で戦う兵士ではなく、見えないところで情報を集め、相手を読み、時には宣伝や工作にも関わる人材を育てていたのです。
ちなみに明治大学の資料では、陸軍中野学校は旧日本陸軍における秘密戦要員の専門育成機関であり、秘密戦とは防諜・諜報・謀略・宣伝を指すと説明されています。
(明治大学に残る戦争遺跡(3)(キャンパス編))
さらに面白いのは、登戸研究所が秘密戦の「モノ作り」の中心地だったのに対して、陸軍中野学校は秘密戦の「ヒト作り」の中心地だった、という見方です。
つまり、秘密戦には道具や技術だけでなく、それを使う人間を育てる仕組みも必要だったということです。
たとえば、終戦後もフィリピン・ルバング島で任務を続けた小野田寛郎さんは、陸軍中野学校二俣分校と関わる人物として知られています。
二俣分校では、謀略、偵察、潜行、ゲリラ戦術、破壊工作などに関する教育が行われていたとされています。
もちろん、こうした歴史を現代の別班と直接つなげることはできません。
ですが、日本にも諜報・防諜・秘密戦に関わる人材を育てた歴史があった。
この事実は、日本と諜報を考えるうえでかなり興味深いと思います。
『ジョーカー・ゲーム』が描く、戦時中のスパイの美学
この流れで紹介したいのが、『ジョーカー・ゲーム』です。
『ジョーカー・ゲーム』は、戦時中のスパイを描いた作品です。
派手な戦闘で敵を倒すのではなく、情報を集め、相手を読み、冷静に任務を遂行する。
力ではなく、観察と判断と心理で戦う。
そこがとても面白い作品です。
『VIVANT』が現代日本の諜報を想像させる作品だとしたら、『ジョーカー・ゲーム』は戦時中のスパイの世界を想像させる作品だと思います。
どちらも、表に見えている世界の裏側を描いています。
- 表の顔と裏の顔
- 見える情報と見えない情報
- 国家のために動く人間
- 感情を抑え、情報を扱う人間の美学
こうしたテーマが、自分にはかなり刺さります。
スパイというと、派手なアクションを想像しがちです。
ですが、本当に重要なのは、目立たないことなのかもしれません。
- 相手に気づかれない
- 情報を持ち帰る
- 感情に流されない
- 状況を読み切る
- 生きて帰る
そこには、戦場の英雄とは違う、静かな強さがあります。
『ジョーカー・ゲーム』は、その静かな諜報の美学を感じさせてくれる作品でした。
ジョーカーゲームシリーズは全4巻あります。
気になる方はぜひ手に取ってみてください。
※リンクにはアフィリエイトを利用しています。
あなたの負担が増えることはありません。
いただいた収益は、ブログ運営や書籍購入などの学習費に充てています。
現代日本にも、情報機能はある
では、現代の日本には諜報機関はあるのでしょうか?
ここも、Yes/Noで答えるのは難しいです。
『VIVANT』の別班のような組織があるとは断定できません。
一方で、日本に情報収集や分析を担う機能がまったくないわけではありません。
たとえば、内閣情報調査室があります。
公安調査庁があります。
警察庁には外事情報部があります。
防衛省・自衛隊にも、防衛や安全保障に関わる情報機能があります。
つまり、「日本には情報機能がない」というわけではありません。
ただ、CIAやMI6のような対外情報機関と、日本の情報機能をそのまま同じものとして見ることもできません。
国によって、制度も歴史も法律も文化も違います。
そのため、
「日本に諜報はあるのか、ないのか」
というより、
「日本はどのような形で情報を集め、分析し、安全保障に活かしているのか」
と考えた方がよいと思うのです。
なぜ諜報は必要なのか
では、なぜ諜報は必要なのでしょうか?
それは、国家が見えている情報だけでは判断できないからです。
国際情勢は複雑です。
軍事も、外交も、経済も、サイバーも、テロも、技術流出も絡み合っています。
- 相手国の意図を読み間違えれば、外交判断を誤るかもしれない
- テロ組織の動向を見落とせば、人命に関わるかもしれない
- 技術流出を放置すれば、経済安全保障に影響するかもしれない
- サイバー攻撃の兆候を見逃せば、社会インフラが危険にさらされるかもしれない
そのため、情報が必要になります。
ですが、諜報には危うさもあります。
秘密性が高いからです。
- 何をしているのかが見えにくい
- 誰が監視するのかが問題になる
- 安全保障の名のもとに、権力が広がりすぎる可能性もある
- 国民の権利や自由とのバランスも考えなければならない
諜報には秘密性と統制の両方が必要なのだと思います。
情報を集める力は必要です。
ですが、その力が暴走しない仕組みも必要です。
ここが、諜報というテーマの難しさであり、面白さでもあります。
『VIVANT』が面白い理由
『VIVANT』が面白いのは、日本のドラマでこのテーマを大きく扱ったところだと思います。
- 会社員としての顔
- 公安としての顔
- 別班としての顔
- テロ組織としての顔
- 家族としての顔
登場人物たちは、いくつもの顔を持っています。
- 表に見えているものが、必ずしも真実とは限らない
- 味方に見える人が、別の目的を持っているかもしれない
- 普通に見える人が、国家のために動いているかもしれない
この「表と裏」の重なりが、とても面白い。
そして、その面白さは、諜報というテーマと相性がいいのだと思います。
諜報とは、見えないものを読む世界です。
- 表に出た情報だけではなく、その裏に何があるのかを考える
- 誰が何を知っているのか
- 誰が何を隠しているのか
- どの情報が本当で、どの情報が操作されているのか
『VIVANT』は、その感覚をエンタメとして味わわせてくれる作品でした。
事実と想像を分けながら、想像する楽しさ
もちろん、現実の話をするときは、事実と想像を分けなければいけません。
別班が実在するとは断定できません。
ドラマの設定を、そのまま現実に当てはめることはできません。
現実の情報機関についても、公開されている情報と公開されていない情報があります。
ですが、それでも考えるのは面白い。
- 本当にあるのか
- ないのか
- もしあるなら、なぜ表に出ないのか
- 国家はどこまで情報を集めているのか
- 表に出ない仕事をしている人たちは、どんな倫理や覚悟を持っているのか
こうした問いを持つだけで、国際情勢や安全保障の見え方が少し変わります。
ニュースを見ても、ただ表面的な出来事として見るのではなく、
- その裏でどんな情報戦があるのか
- どの国がどの情報を出し、どの情報を隠しているのか
- 誰が何を見せようとしているのか
そう考える入口になります。
『VIVANT』は、自分にとってその入口でした。
おわりに
『VIVANT』は、私にとって諜報という世界への入口でした。
- 本当に別班はあるのか
- もしあるなら、なぜ表に出ないのか
- そもそも国家は、見えないところでどのように情報を集め、判断しているのか
もちろん、事実と想像は分けなければいけません。
それでも、考えるだけで面白い。
そして、その問いをたどっていくと、陸軍中野学校や『ジョーカー・ゲーム』、現代日本の情報機関、そして安全保障の話にもつながっていきます。
諜報とは、派手なスパイアクションだけではありません。
不確実な世界で、国家が判断するための「見えない目」なのだと思います。
『VIVANT』は、その見えない目の存在を想像させてくれる作品でした。
現実とフィクションの境目を楽しみながら、諜報という世界を少しだけ覗いてみる。
それだけでも、この作品を見た価値は十分にあると思います。
作品に触れてみたい方へ
『VIVANT』は、ドラマやノベライズ版など、いろいろな入口があります。
気になる方は、以下からチェックしてみてください。
※一部リンクにはアフィリエイトを利用しています。
あなたの負担が増えることはありません。
いただいた収益は、ブログ運営や書籍購入などの学習費に充てています。

